昨日、仏画制作をしている場所と同じ敷地のチベット僧院で大きな法要がありました。ディパック先生が前日から「きみは外国人だから来なくてもいい。でももし一緒にお参りしたいなら、10ルピーをたくさん用意して。僧侶たち全員にお布施する必要がある」とのこと。「わたしは仏教徒だから、もちろんやりたい」と答えると「おお、グッドカルマだ」と先生がにやりとして言いました。
当日、100名を越える僧侶が僧院にやってきて壁沿いに座り、それに合わせてお布施用の札束を手に握りしめたネパリたちが、長い長い行列を作って一枚ずつ渡していきます。時にはネパリマダムの盾にされながら前方へ押しやられ、我先にと布施をする。きっと誰もが、これは「損得」どうとかじゃなく「グッドカルマ」だからそうしてる。信仰への疑いのない姿というのは、わたしが最も美しいと感じる人間の姿です。過去世での行いを現世で解消すること、功徳を積み、つぎなる転生への期待や解脱を願うこと。魂が肉体から離れても、それで終わりではないのだと思わされます。今生ですら、いまの自分の行いが未来の自分を作ってる。
カルマ…業(ごう)。行いによって蓄積されていく宿命、と説明され、良い行いも悪い行いも必ず自分に返ってくる。