人生は続く by co cayu

2018年、大変お世話になりました。

わたしの人生は間違いなくハッピーエンドで終わると思っているのですが、 それにしても今年は後厄パワーも相まってボッコボコのメッタメタ、とはいえそれが全て己の因果が報いただけの結果だなぁと思うと、こうべを垂れるばかりです。

ズルすると絶対バチがあたるし、私欲に駆られると大体全部取り上げられる。国民の中でもこんなに神仏に振る舞いを見張られてる人間っていないんじゃないでしょうか。誠実に真っ当に生きなさい、人にはポジティブなものを差し出しなさい。多分わたしの今生生まれてきたお役目はそういうことなんじゃないかと思うようになりました。

わたしがどこでなにをしようとも、八百万神や二十八部衆や五大明王あたりがパトロールしていて、もれなく見つかってしまうなら。善行もまた、見逃さずにいてくれるはず(あざとい)。

 見ててくださいよ、神様仏様ご先祖様。2019年はより一層画業に専念すべく、己を律し、学びを深める1年に致します。毎日が 十善戒 (※)。

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みなさまに、いいことたくさんありますように。穏やかで、優しい日々が過ごせますように。

 

 

よいお年をお迎えください◎ 

 

※十善戒…仏教における十悪を否定形にした戒律。(不殺生、不邪淫、不妄語、不綺語、不両舌など)

珍夢 by co cayu

よく、夢を見ます。そして覚えてます。

昨日見たのは、田舎の喫茶店を任されている夢。その店には、ある大学の研究室の子たちがよく集まってコーヒーを飲んでいるんだけど、学生たちが急に「本当は熊本大学のことを贔屓にしているんじゃないですか?!」と怒り出す。店内に緊張が走ります。

そこで、とっさに「熊大の論文は確かに素晴らしかったけど、平等にしているつもりですが」と言い返す夢。

 

わけわからない。熊大の論文、。

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↑ネパールの路上で寝ていたおじさん(ダイ)

 

 

 今夜もいい夢見よう◎

南無 

ご依頼と販売 by co cayu

 チベット仏画・曼荼羅やイラストなど、作品に関してお問い合わせ頂くことが増えましたので、少しご紹介をさせていただきます◎

 

「あなたをイメージした、あなたのための曼荼羅  」

世界にひとつ、あなただけの曼荼羅です。 

色紙サイズ/1万円〜 (送料別)

納品目安/1ヶ月程度 

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 各キャンバスサイズや壁画も承ります。

 

 

 


  【チベット仏教の仏画、曼荼羅の販売について】

2014年よりネパール・カトマンズで制作している仏画、曼荼羅の作品も販売可能です。

 時輪曼荼羅/Kala chakra mandala(2017)

 時輪曼荼羅/Kala chakra mandala(2017)

 

 

 涅槃への道/Way to nirvana(2016)

 涅槃への道/Way to nirvana(2016)

 

 

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 六道輪廻/Wheel of life(2015)

 

このほか、 緑多羅菩薩、大日如来など。すべて表装してあり、掛軸型になっています。

 

 サイズ、お値段等、お問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。 

 

 

 今日は冬至ですね。

南無 

珈琲 by co cayu

絵のお仕事の合間、たまにコーヒーに関わるアルバイトをしています。 

わたしのキャラクターからはイメージ出来ないでしょうけど、「万人に愛されるようなまろやかさを持ち、シーンを問わずお飲みいただける 飽きのこない一杯でございます」、「個性的でありながらしっかりとミルクと調和する、懐の深いシングルオリジンのコーヒーです」とか言います。ちょっと誰ですか笑ったの。

 

 わたしの人生にコーヒーは不可欠。毎年、仏画制作のため滞在するネパールでもコーヒーは欠かせません(チャイも飲むけど)。行きつけの喫茶店で、毎日同じ時間に集まるメンバー、そしてあの抽出過多のコーヒー。日本にいると、あの時間が恋しくなる瞬間があります。

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 無邪気なネパール親父たちとの他愛ない会話を繰り広げたあと、チベット寺院の境内にある仏画教室でしっかりと神仏に向き合う。制作でヘトヘトになった身体で、夕方にまたコーヒーを飲む。

 

ONとOFFを切り替えるスイッチはいつもコーヒー。おつかれさま。

明日も頑張ろうね。 

南無 

瞑想 by co cayu

 最近周りで「ヴィパッサナー瞑想」という言葉を耳にする。ものごとをありのままに見るための、インドの最も古い瞑想法のひとつである。

7年前、わたしも京都の山奥で10日間の瞑想プログラムに参加 した。

携帯電話はもちろんのこと、紙もペンも 没収され、10日間の間は「喋ってはいけない」「人と目を合わせてはいけない」「呼吸に集中して瞑想する」「毎日4時起床、21時就寝」「食事は午前中のみ、ベジタリアンメニュー」などの規律のもと、1日12時間ほど瞑想をする。

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 初めの数日間は、座りっぱなし のため身体のあちこちが悲鳴を上げた。休憩の鐘のたびに、ヨロヨロと立ち上がり、なんとかトイレに行くような状態だった。そのうち、瞑想中に過去の記憶が溢れ出るようになった。その大体が悲しかったことや悔しかったことだった。

5日目を過ぎた頃、突然自分が光に包まれたかと思うとすべての痛みから解放され、極楽浄土を見たようななんとも言えぬ幸福感を味わった瞬間があった。これが「飛ぶ」ってやつか、と思った。極限を越えた先にある宇宙だった。

私は元々あまり細かい絵を描くタイプではなかった。どちらかといえば大胆で、色塗りも 下手なほうだった。だから大学では石膏像をせっせと作ることにした。

それが気付けばチベット仏教の仏画、曼荼羅などといった超絶技巧の細密画の世界に足を踏み入れている。その仏画や曼荼羅を描いていると、ヴィパッサナー瞑想のときに味わったような「飛ぶ」感覚に陥ることがある。自分とは思えないような長時間の集中も持続できるようになった。集中は練り上げてゆくことができる、と気づいた。すべては自分の心次第。

自分自身を点検する内省の時間は不可欠である。 深い呼吸をしましょう、想像力を使いましょう。世界はきっと、もっと平和で豊かなものになる。 

すーはー 

南無