甘鯛が一匹、減っていた。
思わず水槽に駆け寄り、「あわわ…」と急いでスマホのカメラを起動した。甘鯛の片割れは昨夜あたりに仏になったのだろう。
残った甘鯛をまじまじと見る。
「…仲間が食べられて悲しくないのか。陸に生きたいと思ったことはないのか。お前、どこから来たんだ」
ぶくぶく…
無駄な問いかけだ、と踵を返したところで甘鯛が言った。
「若狭」
驚いて振り返ると甘鯛は続けた。
「若狭だよ、行ったことないだろ。あの海の美しさを知らないなんて損してる。それから、仲間が死んで悲しいかって?何を悲しむことがある。 生まれては死に、死んでは生まれる。望んだわけでもないのに。またどうせこの世に放り込まれてはつまみ出される命だ。甘鯛に生まれただけで上出来だよ。それに引き換え、人間に生まれれば輪廻の輪から抜け出すことも出来るのに、お前たちはそれを分かっているか?煩悩を纏って誇らしげな人間を、他の生き物たちがどんな目で見てると思う?」
「“人間っていいな”」
「正解」
「その顔が大嫌いなの。甘鯛なら、美しき薄造りになって誇り高く死ね」
「中途半端に歳を重ねた女が偉そうに」
「また明日」
ぶくぶく…
死んだ甘鯛を弔ってこの一句。
「ついにゆく道とはかねてききしかど
きのうけふとは思はざりしを」