抗ガン剤による脱毛3日目。もう初日ほどのインパクトもなく、こちらも処理に慣れてきた。あーはいはい抜けまちたか〜とまるで赤子のオムツを変えるテンションで粘着テープで掃除をする。もう早く抜けきって欲しいぐらいである。
とは言え、誰もが出来る経験ではない。抜け毛をあやしても仕方がないので、その抜けざまをよくよく観察することにした。これをもって夏休みの自由研究とする。
まず、毛というのは一気に全部抜けるわけではなく、数日かけてまばらに抜ける。うぶ毛や刈り上げ部分は意外と粘り強い。そして一番の発見は垣間見える地肌がとても美しいということだ。長年髪に守られてきたからかシミひとつなく、見惚れるほど白い。なんて言うか聖域感がすごい。髪が生存することを許さない、圧倒的ヒマラヤ感。ラインホルトメスナーに見つかったら大変である。(なにがだ)
ベッドにコロコロをかけながら、芥川龍之介の「羅生門」に出てくる屍の髪を抜いて集める老婆がいればお互いにWin-Winだなと思った。わたしは髪を抜いてもらい、老婆はその髪でカツラを作って売る。
下人の行方は誰も知らない。
※ラインホルトメスナー…イタリア出身の登山家。1986年、人類史上初の8000メートル峰全14座完全登頂(無酸素)を成し遂げた。