laundry! / by co cayu

「あーもう分かんなくなってきちゃった」

彼女が隣の部屋でボコボコと壁を殴り出した。いつものことである。「はいはい、大丈夫だから」作業の手を止め、彼女に歩み寄り、抱きしめる。

「急がなくていいから。もう一度最初からやってみよう、ここで見ておくから」

「…うん、分かった」

この街で一緒に住むようになってから、彼女は精神的に不安定になった。知らないところに連れてこられて、知り合いは僕ひとり。そりゃ不安定にもなるだろう。申し訳なくもあるけれど、僕は僕でそれなりに忙しくやっていて、一日中向き合ってあげられるわけでもなかった。だからせめて、彼女が暴れ出したらすべての作業を中断して、彼女が落ち着くまで抱きしめる。僕なりの償いの気持ちを込めて。それで、落ち着いたあと彼女は決まって言った。「ごめんなさい、だって訳分かんなくなっちゃったんだもの」。

ある時、彼女には何も言わず、近くのスーパーに買い物に出かけることにした。僕がいなくなったことに気づいたら、彼女はどうなるだろう。少しだけ彼女に疲れた僕の、ほんの小さな出来心だった。何も言わずいなくなったと知ったら、壁を殴って、暴れて、床を水浸しにするかもしれない。大きな音を出して、アパートの隣人を困らせてしまうかも。僕を見るなり、なんで黙っていなくなるのよ!って怒鳴るかもなぁ。そう考えると、買い物を楽しむことはできなかった。

手短に買い物を済ませ、恐る恐る扉を開ける。でも、物音ひとつしない。「おかえりなさい」。彼女はそこにいた。床も壁も、綺麗なままだった。

「ねぇ、ひとりで出来たわよ。あなたがいなくっても、わたしもう大丈夫みたい」

その言葉を聞いて、ああ、僕も彼女に依存していたんだ、と気づいた。


この話は、脱水になると暴れてエラーを起こす我が家の洗濯機を擬人化したものです。

別府に連れてきてから、一人きりでは脱水が出来なくなり、わたしが中の衣類をほぐしたり洗濯機を抱きしめたりしながらなんとか洗濯してきました。脱水時に放置すると、当てつけのようにすすぎに戻ったり床を水浸しにしてわたしを困らせました。あるときほとほと疲れてしまって、ほったらかしにして買い物へ出かけました。そして恐る恐る戻ると、きちんと洗濯を完了させて待っていたのです。

わたしがいなきゃ、っていう思い込みに囚われていたのは自分だったのだと…ってこれ何の話ですかね。