あんパンを買った。わたしはあんパンをペタンコに潰して食べる癖があって、なぜかは分からないけどそうしてしまう。潰せばあんこが溢れ出てしまうので、あんパンのあんこはほんの少しだけでいい。そして、あんこはやはり粒あんがいい。
ひとつ、あんこについてのエピソードがある。6年前、わたしが高野山の寺に住み込みしていたときのこと。昼寝からふと目覚めると、枕元にあんこが立っていた。おお…あんこがわたしに何の用だ。
「わたしはあなたがいつも客室に用意する饅頭に入っているあんこです。お願いがあります、わたしを奥之院に連れて行ってくださいませんか。一度でいいからお大師さまにご挨拶したいのです」
饅頭の中身だけ登場したのはなぜだろう。皮はどこへいった。それにしても真言宗のあんことは珍しいが、きみもお大師さんが好きなんだな。うむ、よろしい。奥之院へ連れて行こうじゃないか。きみ、早く肩に乗りたまえ。
あんこは弾む声で言った。「いやあ、助かりました。わたくし、奥之院にお詣り出来たならもう何も悔いはありません。そのあとはどうぞわたくしをお食べください、せめてもの恩返しでございます」
そんなあんこの言葉に思わず立ち止まる。「でもきみ、こしあんだろう」
「ええ、いかにも。でも、それがなにか」
「いや、わたしはね、こしあんよりも粒あんが好きなんだ。きみが悪いんじゃない、これはただの好みの話だからね。だから気持ちだけ受け取ることにする」
するとあんこがムッとした口調で言った。「へえ、さようでしたか。でも、それはあなたが本当に美味しいこしあんに出会ったことがないからじゃありませんかね」
「それがきみだと言うのかね」
「いえね、わたしは高野山では有名な老舗菓子屋の饅頭のあんこですから、そりゃ、思うところがあります」
なんとも気の強いあんこである。
「そこまで言うなら食べてみよう」
「ええ、どうぞどうぞ。さぁ、そこのベンチに座って」
促されるまま、近くのベンチに座って肩に乗ったあんこをつまみ上げた。
「さぁ、早くわたくしを食べておくんなさい、これがこしあんです」
つべこべとやかましいあんこだ。ポイっと口に入れてみる。うーん、これはまたパサパサしたこしあんだなぁ。
「どうです、お味は。上品でしょう、ちょうどいい甘さで、それから…あっ!」こしあんが声を上げた。
「なに、どうした」
「奥之院…」
「あっ!」
奥之院に着く前に食べてしまった。あんこはお腹の中で溶けながら無念そうに「南無大師遍照金剛…」と唱えていた。あんことは。命とは。
いまもわたしは粒あんが好きなままだ。