地元に帰るたび、必ず墓参りをする。
祖父が眠るお寺の納骨堂 の中には小さな本棚があって、そこにはやけに古びた「世界の童話集」や「しんらんさま」といった児童書が並んでいる。まるで時が止まったままの本棚。
わたしはいつからかその棚の一番上に置いてある貯金箱が気になり始めた。
貯金箱には「しんらん文庫」と書かれていて、恐らくお寺側が本棚の維持を目的として設置したものではないかと思われる。
だがこの貯金箱にはお金どころかネジや吸い殻が押し込まれていて、まったく機能していない。本人もまるで自分が貯金箱であることを忘れてしまったようなうつろな顔をしているのであった。
そこでわたしはある欲求に駆られる。
もらおう。
すぐさま母に伝えに行く。
「あのねお母さん、お寺の納骨堂に本棚があるでしょう」
「??あるね」
「そこに しんらん文庫 と書かれた、忘れ去られたような貯金箱があるんだけど」
「…あった?」
「住職に貰えないか聞いていただきたい」
「え? その貯金箱を?」
「娘がえらくご執心であると」
「なんで欲しいの?それ、お母さんが言うの?」
「あなた、住職に毎日会うでしょう」 (※ 母はこのお寺の幼稚園の保育士)
「会うけど…びっくりすると思うよ、住職は純粋な方だから。なんでこんなもの欲しいんですか?って聞かれると思うよ」
「娘がお墓参りのたびに気になっていたようです、もう使っていらっしゃらないようなので…って言ってください」
「娘がえらくご執心でして 、と?」
「そう。練習しましょう、まず住職捕まえるでしょ。で、すいません、あの納骨堂にですね…」
「 ネジや吸い殻が入っているような古い貯金箱があるんですけど、娘がとても気になるようで」
「明日、住職に話してくださいね」
「わかった」
母が忘れないように、その日は一日中「しんらん文庫」と連呼し続けた。母はその度に、「そうだった…」とうなだれていた。
つづく